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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)14号 判決

主文

理由

裁判官林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。

私は、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでなく、また、公労法一七条一項の規定を国有林野事業に従事する一般職に属する国家公務員に適用する場合に限つてこれを別異に解すべき理由はないとする法廷意見に賛成するものである。ただ、上告代理人は、上告人らは、そのほとんどが国有林野事業の現場作業に従事する作業員で、本件争議行為においては短時間に限つて単に労務を提供しなかつただけであり、国有林野事業の業務の性質及び右争議行為の態様に照らせば、本件争議行為が国民生活に重大な障害をもたらすものでないことは明らかであり、したがつて、これに対して公労法一七条一項の規定を適用することは許されない旨主張する(上告理由第一点の第四)ので、この点について私の考えているところを一言付け加えておきたい。

憲法で保障された労働基本権の制限は、労働基本権の尊重と国民生活全体の利益の擁護とが調和するように決定されるべきものである(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁参照)。現業の職員の従事する業務も、多かれ少なかれ、また、直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、右職員の罷業、怠業等が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは否定できないから、国民生活全体の利益を擁護するため右職員の争議行為を一律全面的に禁止しても、やむを得ない措置として合理性を有するというべきである。公労法一七条一項の規定が現業の職員の争議行為を一律全面的に禁止したことをもつて憲法二八条に違反するものということができないとする結論は、右の観点から肯定できるものである。そして、公労法一七条一項に違反する行為をした職員は、その行為が勤務関係上の規律に違反する場合には、懲戒等の制裁の対象とされることを免れないが、右争議行為の禁止の規定は、国民生活全体の利益を擁護するためのやむを得ない措置として設けられたものであるから、右規定に反する争議行為の違法性は、当該行為が国民生活全体の利益に及ぼす影響の程度に応じて強弱の差があるものというべきであり、したがつて、争議行為を行つた職員に対し懲戒処分を行うとしていかなる処分を選択するかを判断するに当たつては、当該争議行為が国民生活全体の利益に及ぼす影響の程度を重要な要素として考慮すべきであるといわなければならない。ところで、争議行為が国民生活全体に及ぼす影響の程度については、事案に即して具体的に判断しなければならないことはいうまでもないが、一般的には、その影響の程度は、各現業の業態、参加職員の職務内容、争議行為の態様及び規模等により異なるものであるということができる。本件についてこれをみるに、原審の確定したところによれば、本件争議行為は、全林野労働組合の指令に基づき全国の拠点となつた分会で行われたものであるが、上告人らを含む争議参加者のうちの多くは、常用作業員又は定期作業員として雇用され、生産手A、B、造林手、機械造林手などとして国有林野事業の現場作業に従事するものであり、その態様は単なる労務の不提供であり、時間も短時間に限られていたというのであり、国有林野事業の業務の性質及び右争議行為の態様等からみれば、右争議行為による作業の遅れ等は、その後における作業計画の中で吸収することが可能であり、それによる国民生活全体への影響の程度はそれほど大きなものではないと考えられるから、右争議行為の違法性は比較的軽微であるといわなければならない。しかも、右常用作業員及び定期作業員は、一般職に属する国家公務員ではあるものの、身分の不安定な非常勤の職員であり、その処遇も定員内職員には及ばないものである。それ故、上告人らのうちの単純参加者に対してされた一か月又は三か月減給一〇分の一(ちなみに私企業における減給の制裁は、労働基準法九一条により一回の額が平均賃金の一日分の半額に制限されているから、本件の一か月減給の一〇分の一は、標準作業日数を月二五日とみた場合私企業における右最高限度額の五倍に相当する。)という懲戒処分の内容については、行為の違法性の程度及び上告人らの身分に徴して疑問がないわけではないのである。

以上のとおり、私は、本件懲戒処分は、これを懲戒の裁量権の行使が妥当であつたかどうかという点からみると、問題にする余地があると考えるが、公労法一七条一項の規定は、現業の職員の争議行為を一律全面的に禁止したものであると解すべきであり、上告人らが同法二条二項二号に該当する職員であることは否定することができないところであるから、前記のような事情が存するからといつて、上告人らの行つた本件争議行為に同法一七条一項の規定を適用することが許されないということはできないのである。

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